美徳の不幸 part 2

Pity is akin to love.

告発は簡単だが・・・

今日、研究室で読んでいたのはこの本。

近代日本の仏教家と戦争―共生の倫理との矛盾

近代日本の仏教家と戦争―共生の倫理との矛盾

特に西田天香に関する章を読んでいたのだが、「無私」を説く=体制翼賛となってしまいがちなのは、西田天香に限らない問題であろう。極端なことをいえば、治安維持法に引っかかって牢屋にぶち込まれた者以外は、何らかの形で「体制協力」をしていたのだ。牢屋にぶち込まれていた人たちは、共産主義者も宗教家も、ある意味「独善性」でもって、当時の国家を討とうとしたのである。
なお、「当時の大勢に順応していたこと」に関しては、丸山眞男の言葉が印象的だ。中野好夫を評したエッセイでの、「せっぱ詰まった、いわば必死の思いの「傍観」」というのもあったのだ、という言葉を噛みしめたい(「中野好夫氏を語る」、『集』12巻)。そのエッセイの中で中野重治の「五十歩百歩」というエッセイも紹介されているのだが、要するに「五十歩」と「百歩」は違う、というのは、僕も賛成。
丸山眞男集〈第12巻〉1982―1987

丸山眞男集〈第12巻〉1982―1987