美徳の不幸 part 2

Pity is akin to love.

韓国・朝鮮文化研究会大会

今日は、東洋大学で行われた、上記の学会の年次大会に参加。まあ、僕はこの学会の幹事をやっているので、ほぼ自動的に出席なのだが、今年は特に、午後に企画シンポジウムの司会を仰せつかり、これまた僕にとっては興味ある議題だったので、喜んで参加したわけだ。

シンポジウム「キリスト教と韓国朝鮮社会」

秀村研二「趣旨説明」・「韓国キリスト教会の教会活動にみられる社会・文化的諸側面」
趙景達「東学とキリスト教
丹羽泉「韓国キリスト教と韓国社会:宗教学の視点から」
松谷基和「「ネビウス方式」の再検討:韓国教会の「自治」という「神話」」
総合討論

韓国が、キリスト教徒の比率が高く、宣教大国でもある事実は広く知られており、それに引き換え日本はよく「人口の1%」と言われるほど、宣教の歴史が長い割には振るわない、というのは、確かに事実としてあるわけだが、「なぜだろうか」という点に関しては、百家争鳴の状態で、なかなかこのネタで正面切ってシンポジウムをする、というのは今までなかったと思うが、ある意味蛮勇(?)を奮ってこの企画が立った。勿論、結論など出るわけもない問題だが、自分とやっている分野が近いということで、司会者でなかなか自分から発言ができないのがもどかしいほど、盛り上がったと思う(懇親会でいろいろ発言しましたけど)。
僕が不正確に引用しても仕方ないので、内容は来年度の学会誌をご覧下さい、とさりげなく宣伝をしておくが、「伝統がいかに作用するか」という問題、「社会変動がいかにキリスト教受容に寄与したか」という視点、「今までの宣教に関して語られてきた言説の脱神話化」というあたりが、今回のシンポで挙げられた諸点だと思う。
二次会まで参加して、僕は歩いて帰宅(文京区内なので、楽)。

書籍ブースで購入した本は以下の2冊。新幹社の社長さんがいらっしゃっていて、割り引いてくださった。

陶磁器の道―文禄・慶長の役と朝鮮陶工 (新幹社選書)

陶磁器の道―文禄・慶長の役と朝鮮陶工 (新幹社選書)

以前、薩摩焼で卒論を書いたゼミ生もいたし、焼き物自体、僕が好きなので。
植民地期朝鮮の歴史教育―「朝鮮事歴」の教授をめぐって

植民地期朝鮮の歴史教育―「朝鮮事歴」の教授をめぐって

不勉強で、この國分さんという方のお仕事は存じ上げていなかった。歴史学に携わるものとして参考になるだろうと思って購入。