美徳の不幸 part 2

Pity is akin to love.

システムとしての国家神道

今日、恩師の新書を読了。

国家神道と日本人 (岩波新書)

国家神道と日本人 (岩波新書)

先生のこの10年ほどの「国家神道論」を追っている僕からすれば、半ば復習のようなものだが、やはり強調するべきは、神社神道にだけ限定するような国家神道論はよろしくない、特に皇室神道・祭祀を抜きにした国家神道論はダメだということ。僕も先生の顰みに倣って、自分の論文では「国家神道システム」という用語を用いているのは、神職神社神道の活動以外にも「国家神道」というのは浸透していたと捉えているからだ。具体的には、仏教各宗派や、新宗教も、キリスト教も、積極的に(ここが重要。下支えなくして、あそこまでの「猛威」は振るえない)このシステムに荷担したのである。勿論、教育現場における「国家神道」の教義とも言える思想注入が行われたことも視野に入れなければならない(ある意味、宗教的活動が制限されていた神主よりは、国家神道システムで大いに働いたのは教員、ということにもなろう)。そのような感想は、3年ほど前、國學院の若手の論文集『国家神道再考―祭政一致国家の形成と展開 (久伊豆神社小教院叢書)』の書評会でも開陳したつもり(当日風邪でフラフラだったけど)。
僕がこの本を読んでいて思ったのはいわゆる「天皇無謬説」「天皇不親政説」と、「国家神道」に関する神道側(研究者)の主張(「国家神道神社神道は大きく関与してはいない。どちらかというと政府から掣肘されていた被害者」というような考え方、とザックリ纏めておく)との相似性。これは本書の最後の方で取り上げられている和辻哲郎の「象徴天皇論」などからの思いつき。GHQの「神道指令」によっていわゆる「国家神道」は解体されて、神道側からすればそれによって神道の正しいあり方が歪まされた、という思いがあるだろうが、GHQ皇室神道をオミットしたおかげで、皇室神道はほぼそのままの形を残せたし、神社自体も一つも解体されることなく存続している。天皇自体がGHQの判断で「免罪」されたのも周知の通り(我が身を省みずにマッカーサーに直訴した、という「昭和天皇いい人伝説」まで流布している)。その天皇無謬説と相似形で「神道自体は悪くなく、それを利用しようとした連中が悪かったのだ」という「神道無謬論」がいつの間にか定着してはいないか?要するに、不倶戴天の敵と神道側が見なすGHQの「神道指令」と、現在の神道側の考えは、僕は相似形、もっときつく言えば共犯関係にあるとさえ思う。
もっとも考えさせられたのは、本書の最終章。この書の最終章は現代にも残る「国家神道」を考察の対象としている。僕などは実は卒論で問題視したのだが(若書きの生硬な部分が目立って恥ずかしいが)、戦後の裁判においても「神道=非宗教論」のような考えは形を変えつつ残っている。先生が考えている「戦後の国家神道」は主に「皇室神道」と「神社本庁などに見られる天皇崇敬を軸とした政治運動」の二つだが、僕は後者のバリエーションの一つとして裁判所の判断も付け加えたいところ。